チェス小説。

チェスについて全く知らないのでチェスのプレーから人柄がにじみ出たり、チェスの棋譜が美しい、という表現が全く分からない。チェスの名プレーヤーとなる少年の幼児期の記憶がチェスをプレーする際にずっと彼に影響する。彼が初めてチェスを学んだ時に接した大人とその環境があとになってもずっと彼を支える。

チェスだけがこの少年の生きる支えだ。でも、尋常でないスタイルでしか彼はチェスをすることができない。あまりに突拍子もない設定なので、はじめて読んだときはまったく入り込めなくて途中でやめてしまった。

大人になっても11歳の体格の彼と、彼を支える肩に鳩をとまらせた少女。絵にできない。おまけに彼は唇に脛毛が生えているという。体が11歳のままというだけでなく、そんな設定までいるのかしらん。異形の姿のものの心持ちや家族との愛情を描くのにそこまでする必要があるのかな。たぶん、あるんだろう。自分にはわからないけど。

生まれつき唇がくっついて生まれた彼は生後すぐに外科手術を施され、その際に無理やり切開された唇に脛の肉を移植される。そのために成長してから唇に毛が生えることになってしまう。体の大きさは11歳のままだが、成長のあかしとして脛毛が唇に生えるという結果になった。

2度目に読んでいてもこの設定にはぜんぜんなじめない。そして私のチェスの知識は相変わらずゼロ。それなのにチェスの場面にはうっとりする。チェスをするということは宇宙を旅すること、あるいはチェスの海を泳ぐこと。大好きな猫を抱いて、幼いころに出会った(本当には出会っていないけど)象に導かれて。

主人公にとってはチェスをすることがいちばん安心できる居場所にいることと同義だったのだろう。

誰でも小さいときに安心できる場所があったんじゃないだろうか。小さい子供は弱くて無防備だ。だからこそ、安全で温かい場所の記憶がだれにでもあると思う。

主人公リトル・アリョーヒンのそれは猫を抱いてチェスの盤下にいることだ。もう一つは祖父の作ってくれた押入れを改造したボックス・ベッド。子供は狭くて暗いところに潜り込むのが好きだ。リトル・アリョーヒンはこの狭くて暖かくて安全な場所でチェスの勉強をしたり大好きな心の友達と会話する。

リトル・アリョーヒンはチェスの名人になっていくのに、華々しい舞台には全くでないまま、ひっそりと姿を消す。彼がどんなに偉大なプレーヤーだったのか彼に直に接した人はみんな知っているのに。

幼いリトル・アリョーヒンがチェスを学んで、偉大になっていく、ただそれだけのお話でもいいのに。彼は最初から異形のもので、チェスをすることでますますそうなる。自分自身の姿を現さずにチェスをすることで生きる糧を得ていくようになる。表には姿を見せないけれど、家族に囲まれて愛する女性にも出会える。

ハッピーエンドにはならないだろうなとは想像できた。リトル・アリョーヒン自身は、最も幸せなときに天国に行ったのかもしれない。彼は永遠に、かわいい猫を抱いて、仲良しの象とともにチェスの海を泳いでいく。彼にとっては幸せなのにどうしても哀しい。

 
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