就職して3か月…

再び自宅以外の場所で働き始めて3か月たった。

ちなみにだが、「働く」という言葉をただ単に自宅以外の場所で給料をもらって労働力を提供するということのみに限定して何ら疑いを持つこともない人間を私は嫌いだ。

自宅に限定していたといしても本当の意味で遊んで暮らしている人は日本にはいないと思う。たいていの女性は家庭でものすごく働いている。家事・育児をものすごく頑張っている。そのような女性たちをつかまえて「家で遊び暮らしやがって」という(主に昭和世代のおやじどもの)言いぐさには腹立たしさを通り越して時代遅れに気が付かない(または敢えて気が付こうとしない)その硬直した精神に哀れみを感じる。

それはさておき、やはり1日に数時間自宅以外で活動するのは、忙しい。子供たちが巣立った後とはいえ、しなければならない家事はある。けどまあ、成長期の子供がいるのとは違って、プレッシャーはほとんどないので、忙しいとは言ってもそれほどでもないな、と思っている。自分自身の健康保険、その組織に所属している証である職員証、こんなのがものすごくうれしい。ちっさいことで喜んでるよなー、と人は思うかも。でも実際そうなのよね。

自分としては、50代も半ばを過ぎて就職できただけでもうれしくてしょうがない。かといってこの職場に執着する気もない。嫌になったらさっさと消える気でいる。私の生きる意味はここだけではないから。

それでも、すこしモヤモヤすることはある。ここではそのことを記録しようと思う。

今、職場に首都圏からある研究者が実験を行うために訪問している。私はその助手をするように上長から命じられた。

この状況で。

私の居住する県でもコロナ感染者はうなぎ上りだ。すでに医療崩壊していると言われている。そうじゃなくても首都圏に緊急事態宣言が出されようとしているときに前から決まっていたとはいえなんでわざわざ首都圏から中国地方にやって来る?

この年末、娘は帰省しなかった。息子は帰省したが、それは彼が現在居住している市内では感染者が少ないからだ。しかも彼は本来はより遠方にいる祖母に会いたがっていたのだが80代の高齢のためにそれはあきらめた。

娘のいない年末年始は寂しかった。息子がいてくれたおかげで何とか過ごせたが、ひとつ空いた食卓の席が否応でも目に入る。

そんな状況で、なんで首都圏からの来訪者に何時間も張り付いて過ごさにゃならんのじゃ。しかも3日間も。それで万が一にも感染させられたら誰が責任取ってくれるんだ。

誰も取れないよねえ。そらそうだ。

そういうのが仕事だろっ!ていうやつ、出て来い。

仕事だから、の5文字で何もかも片付くと思うなよ。仕事もプライベートも等しく人生を費やす時間なんじゃ。仕事と言えば何もかもクリアすると思ったら大間違いだからな。

というわけで、今日は仮病をつかいましたっ。

体調が悪く、時節柄感染症の疑いもありますので、職場の皆様にご迷惑をおかけしないためにも大事を取ってお休みいたします。

念のためにその首都圏からの来訪者が滞在する3日間まるまる全部休みにした。

本当はこの状況で不要不急の実験をする意義を問いただしたいところなんだが、そんな時間と労力を割くのは誰も望まない。ここは限りなく怪しいけど、ねこじゃさんは気に入らないと休む人なんだなあ、くらいに思わせておくのがいいのだ。それが原因で首になったとしても、また私の話のネタができたということね。

外は嵐になってきた。緊急事態宣言は今日の夕方にでも出される見込みだそうだ。

いつ出されようが、関係ない。私はこの状況で都会の人間に接するのは嫌だ。何よりも自分が大事。悪いか。

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カテゴリー: 暮らし

作成者: ねこじゃ

猫と暮らして18年。庭仕事と読書と腰痛対策いろいろしています。

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