夏休み、夫の実家に子供たちと法事のために帰省した。

盆暮の親戚の集まりは賑やかで楽しい半面、配偶者の家族中心の集まりだと自分は完全にアウェーだ。血縁者はわが子だけ、ということになる。これは結婚して何十年たっても変わらない。本人たちはあんまり意識しないかもしれないが、血縁者が集まるとやっぱり見た目に均一感が出る。自分がそういう目線で見るからか、わが子までもなんだか遠くに感じる。叔父ー甥、叔母ー姪など、どうかすると親子間より似ていたりして。

人間には帰属意識がわりと大事なんじゃないかと思う。家族、学校、職場、地域など、自分はこういう集団の一員で、受け入れられている、という感覚が安心感を生むのではないか。それがあんまり強すぎても息苦しいもんだけど。どこにも属していない、というのは、少なくとも私はとても孤独を感じるし寂しい。自由と孤独は紙一重だ。

遺伝子情報で体が作られているいじょうそこからは逃げられない。親子や兄弟、祖父母や叔父叔母との共通点は必ずあるけど、似ているねえ、と楽しい話題にとどめられるのがいい。特に子供に対しては悪いところばっかり似てる、と言いがちだけど、冗談では済まないくらい傷つけることもある。遺伝子レベルで否定されたら立ち直れない。

普段会わないけど、たまに会う若い叔父さんに自分が似ていたら面白いし、うれしいんじゃないかな。そういうナナメの関係があった方がいいと思う。親子の間はとかく息苦しくなりがちなので。

結婚してウン十年、とっくにいいお嫁さんの皮ははがれて、まったく無理しないどころかめんどくさいところは娘に押し付けるようになった私は絶好の人間観察の場として夏の帰省を楽しみました。

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