凍りついた香り

著者 小川洋子

突然自殺してしまった内縁の夫のことを、実は何も知らなかったことに驚くフリーライターの女性。

夫である弘之が就職の際に提出していた職歴、家族構成などは全くの創作であった。正確には、弘之が付き合っていた女性の職歴をまねて書かれたものであったりする。なぜそのようなウソともいえることを書いたのか、それは彼が人には言えないつらい体験を重ねてきたからだ。それは、一緒に暮らすようになった京子にも言わなかったこと。

家族であっても、すべてを知ることはできない。この自殺した人は京子のことを好きではなかったのだろうか?本当に愛していたら、自殺などしないものなのだろうか?

死ぬ直前、調香師である弘之は京子にオリジナルの香水をプレゼントする。そんな素晴らしいプレゼントをしながら、その直後に彼は自ら命を絶ってしまう。割り切れない。亡くなった弘之のために遠方から彼の弟が駆けつける。京子は弟がいることも知らなかった。そこから京子の弘之を知る旅が始まる。

弘之について様々なことが明らかになってゆく。残されたものとしては、当然知りたいと思う。知ったからと言って、彼を失った悲しみは変わらない。わかっているけれど、彼の足跡をたどって、京子はプラハまで出かけてゆく。

最後まで読み切ったものの、この物語については分からないままだった。小川洋子独特の雰囲気と文章を楽しむことはできた。でも、書くべきことがあんまりない。恋人が突然死んだら、ショックに違いない。ましてや彼が自分の知らない過去を持っていたら。その謎解きの旅はとても興味深い。繰り返しになるけれど、だからと言って亡くなった人は帰ってこないし、その悲しみは変わらない。ただ、言えないほど苦しかったのだなと推測するだけだ。

その人を形づくるのは、記憶だ、とある。そうかもしれない。今が苦しくても、楽しい幸せな記憶が人を元気にすることもあるかもしれない。でも人の記憶がどんなにあいまいなのかもよく言われている。人は自分に都合の良いように記憶を作り変える(らしい)。記憶だけが人生の証、みたいな記述があんまり私には同調できなかった。なぜかというと、私にはつらい記憶があまりにも多いから。思い出ばかりに浸っていると、悲しくて仕方がないからだ。今現在と、これからどうするのか、前向きなことしか考えたくない。

そんなわけで、この小説はあまり心に響かなかった。それでも最後まで途切れずに読ませる著者の筆力はすごいなと思うけど。

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