50年以上生きていると、失敗したなあ、と思うことのオンパレードだ。穴があったら入りたい、悔やんでも悔やみきれない、胸がかきむしられるようにつらい、などと思っていても仕方がない。失敗したら、次に生かそう。

友達はほとんどいない

友達の定義にもよるが、私には友達がいない。成長期に引っ越しをくり返していたせいで幼なじみなどは皆無だし、学生時代の友達もほとんど続いていない。以前の職場の先輩後輩もいつの間にか連絡しなくなった。連絡を絶やさないようにしようと気を付けてこなかったせいもあるが、正直、もう会うこともない昔の知人など、つながっていても仕方がないと思っている。それでも生活上困ることなんて全然ない。

肩書で近寄ってくる人間

成り行きで幼稚園のPTA会長を引き受けたことがある。今にして思えば本当に向いてない役割だったが、断れない状況ってあるものだ。

役割自体は滞りなく終わったと思う。”長”のつく役割は大変だけど、実際の業務はそれぞれの分担があって、PTAなんかは子供を思うお母さんたちの集まりだからほとんど皆さん一生懸命働いてくれる。いろいろな行事があって大変だけど、役割分担が決まれば割と進んでいくものだ。

会長なんてしなくても、行事ごとに一緒に働いていると父兄同士仲良くなるひとも出てくる。小学校に上がってからも付き合いが続くこともあるだろう。自分では単に気の合う人だと思ってつきあっていたのだが…

ほんとうに困った時に相談したら…

子供たちが進学して子育てもひと段落、と思っていたら、実母の認知症が発覚。祖父母の家と母の家2軒がゴミ屋敷となり、同時にン百万円の借金の返済を要求する文書も発見し、とんでもなく困った事態に陥った。

毒親の母とは20年近く連絡を絶っていたため、実家をめぐる状況が全く分からず、とても困った。ゴミ屋敷となった母の家から、母の目を盗んで様々な書類を探し出し、同時にゴミを片付ける日々がしばらく続いた。

同時多発的にいろいろなことを片付けなくてはならず、途方に暮れていた。それで、当時一番信用できると思っていたママ友に見つけ出した書類を見せ、どうしたらいいのか相談してしまった。彼女は結婚前に弁護士事務所で働いていたと何度も耳にしていたので、自分の頭を整理するためにも人に話を聞いてもらいたかったのだ。

結果は散々だった。いろいろな書類を見た彼女はなぜか私に向かって怒鳴り始めたのだ。以前から余裕がなくなると電話口で大きな声になる人だとは思っていたが、困り果てている私を前にしてなぜかどんどん声が大きくなる。返済を請求する金融機関の書類に関しては下手に動くと大変なことになる、と脅す一方、自分の働いていた弁護士事務所になら紹介してもいい、などどいう。そこは今の居住地とも、実家のある地域とも全く別の場所で、そんな遠方の事務所に頼みごとをするのは現実的でない。にもかかわらず、悪徳弁護士がたくさんいるから、そこ以外は信用すべきでない、などと言う。

そして、極めつけは、私の妹にも借金があるので、金銭的には頼りにできない、と言うことを聞いた彼女はふふ、と笑ったのだ。

つい、思わず、という感じだった。

人の不幸を見て笑う人間。私はその時初めてそういう人間を直に見た。

毒親よりも自分を傷つけるもの

母親と仲たがいし、長年連絡を絶っていた挙句に、ゴミ屋敷2軒の片付けと認知症になった母親に対応しなければならなくなって、動転していた。それまでの自分の生き方を反省したし自分の無知さ加減に自己嫌悪に陥ってもいた。このころは本当につらくて仕方がなかった。

しかし、私を最も傷つけたのは、友人と思っていた人間の、この笑いだ。

私は不幸を笑われるほどひどい人間なのだろうか?

そんなことは絶対にない。そんな人間、どこにもいないはず。コイツ以外にもう一人だけ、この件に関して話を聞いてもらった友人がいるが、彼女は困り果てたようにこう言った。

「自分には想像を超える事態で、何も言うことができないよ…。」

私はこの言葉に癒された。そうか、やっぱり大変なことなんだよね。100%うまく対応できなくたって仕方ない。できることからやるしかない。そう思えた。

自分にとって毒親である母からもずいぶん嫌な気持ちにさせられたが、困り果てて相談した挙句笑われたこの体験ほど苦々しいものはない。

困ったときにいろいろ分かる

ものすごく大変だったけど、物事は落ち着くところに落ち着いていく。母には成年後見人がつき、私がゴミ屋敷から見つけ出したいろいろな書類はみんなこの弁護士事務所に預けられることになった。

成年後見制度はまだまだ問題の多い制度ではあるけれど、管理能力がないと法的に決まったのだから仕方がない。何よりも、一緒に暮らす妹が申し立てを行ったので、それに従うしかないし、実家は妹のものだ。妹は、自分が自己破産の経験があるので、弁護士などの専門家を後見人に希望した。母の家は、後見人と家庭裁判所の管理下になった。ある意味、肩の荷が下りた。

正直、いまでも笑われた時のことを思い出すと、はらわたが煮えくり返る。でも、こんな人間を友達と思っていた自分を反省して、次からは気を付けるしかないなあ。…でも、いまでも余計なお世話をされたり言われたりすることが多い。専業主婦を目の敵にするオールドミス(古い)どもとか。まさに負け犬の遠吠えと思っているが、うるさい。

でも、そう、少なくとも自分は人の不幸をみて笑う気にはならない。くだんの元友人の場合は分からないけどさ。

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