テレビで放映されたものを録画してあったのでCMを飛ばしながら見ました。

とっても話題になった映画なので、ネタバレOKということで、感想を書きます。

この家族は血縁関係はまったくありません。ぜんぶ赤の他人です。それなのに、実の親より親らしかったり、仲良しだったりします。この家族で本当の大人は安藤サクラ演じる女性と樹木希林のおばあちゃんだけで、リリー・フランキーの偽お父さんはかなりサイテーなうそつきおじさんです。でも憎めない。子供に盗みを教え、一緒に万引きしたり、車上荒らしの手伝いさせたり、保護者としての資格ゼロ。彼は最後には親のふりもかなぐり捨てて子供であるショウタに甘える。

それなのに、このにせお父さんは、親としての役割を全うしたと思う。サクラとリリーに拾われたショウタは成長して彼らの姿を自分なりに消化して大人になった。リリーおじさんの限界を悟って、そっと離れることに決めた。最後に自分を捨てて逃げようとしたこの男を嫌いになるでもなく、憎むこともなく、ただそういう人だよね、と理解してそしてそっと手放すことにした。これが親離れじゃなくて何だろう。自分にとって小さいころの親は世界のすべて。親が法律で親が王様。それがガラガラと崩れる時が必ず来る。その時、完全ではなかった親のことをどう思い直すか?

完ぺきとはとても言えないけど、まあ、いい人だったよね、くらいに思えれば、かなりいい親だったと言えるのではないか。ずーっといい親、いい人を貫ける人もいるかもしれないけど、こんな人間が自分の親か、と幻滅して絶望する人もいるかもしれない。とことん子供を傷つけて大人になったら知らん顔、ていう親も現実にいる。だから、リリーおじさんは社会人としてはダメダメだけど、親としてはまあまあだと私は思う。

まあまあにしてくれたのはサクラおかあさんがいたからだ。この男一人ではだめだったかも。サクラは自分の限界をちゃんとショウタに見せてあげた。どこでショウタを拾ったのか情報を教えてくれて、本当の親を見つけることができると励ましてあげた。社会に出ようとする子供にそのゴールを与えるのではなくて、道筋を示して後は自分でやってみなさい、きっとできるから、と励ましてあげる。お母さんの理想の姿じゃないか。レールを敷いて、自分の価値観を押し付けて、そこからちょっとでも外れると不安にさいなまれる親が多いけど、(自分もその一人だけど)自分が生きてきた環境がそのまま子供の人生に当てはまるとは限らないし、子供はやっぱり別人格だから、本当は生きる手助けだけしてあげて、大人になったら手放すしかしょうがないと思う。

この映画で救いがあんまり感じれらないのはニセ孫のリンだ。おばあちゃんを信じ切っていた彼女は、おばあちゃんが実は毎月のように自分の親を訪問し、お金をせびっていたことを知って、びっくりする。家にお金を入れなくても許されていたのはそういう理由があったからか。

それも理由の一つかもしれないけど、おばあちゃんはやっぱりリンをかわいいと思っていたと思う。夫を奪った家族の一員だけど、かわいくなかったら一緒の布団で寝たりしないんじゃないかなあ。リンはかわいい。リンの親からお金をせびるのは、また別の話。物事はある程度切り離して考えないとね、うまく生きていくにはね。そんな感じ?リンがそこまで割り切る考えを受け入れるときは来るかな。もし来なかったら、彼女の人生は相当につらいものになる。ひとの幸せを奪った上にに成り立つ幸せには救いは示せないのかもしれない。

最後のシーンで一番幼い拾われた子供、ユリがふと視線をあげた。私はショウタがやってきたんだと思いたい。ユリの実の親は親じゃない。父は母を殴る。母は洋服を買ってあげた後、ユリをたたく。機能不全家族だ。ユリにとっては万引き家族こそが家庭だ。でもそれはその役割を果たせない。大人になったショウタがきっとユリのことを忘れないで現れるに違いない。私はそう思う。

洋服を買ってあげることが親か?違うと思う。おねしょをしたときに塩をなめさせて、これはおねしょが治るおまじないだよっていってくれる、盗んだ服でも新しい服を着た時によく似合うよ、かわいいよ、とほめてくれる、大好きな人にはこうするんだよと抱きしめてくれる、そういうのが家族じゃないのかな。体が大人になる過程で大激変して不安でしょうがないときに大丈夫だ、健康な証拠だよって言って安心させてくれる、そういうのが親だ。

ということは、血のつながりなんて家族に必要ないのかもしれない。そういうことをしてくれる存在が家族であって、洋服を買ってあげたり教育を与えるだけでほったらかすのは必ずしも子供に安心感を与えない。ましてやそれと引き換えにたたいたりしたら害悪以外の何物でもない。

ひとはどうして大人になるのか。自分は自分でいいのだと思って大きくなった人は大人になれると思う。拾った子供に自分の名前を付けて自分をお父さんと呼ばせたがるリリーおじさんは悲しい。お父さんと呼べる人が彼にはいなかったと思わせる。自分には、盗みしか教えられるものがなかったから、と警察に捕まったあと説明するのがまた悲しい。彼なりに親になろうとしたのだろう。自分の知らないことを学ぶようになったショウタに素直に感心して見せるリリーおじさん。もう、このリリー・フランキーの全部が悲しくて、かわいい。

この映画では、人間が大人になるっていうことは…ていうことをずいぶん考えてしまいまいました。

おすすめの記事