マリリン 7日間の恋

マリリン・モンローといえば、かわいくてきれいだけど頭のよくない金髪美女、というイメージ…などというのはもう古い。これは彼女が自分を売り出すために作り上げた女優としての形だ。当時の(たぶん今でも)男性たちが女性に求めるものを突き詰めていった結果の金髪であり、話し方でありしぐさだ。誤解を恐れず言うなら、歌舞伎の女形が本当の女性よりも女性らしく見えたり、ニューハーフの人たちが単に遺伝子がXXの女である人たちよりもずっとセクシーで女らしかったりするのと共通する。(と思う。失礼があったらすみません)

マリリン・モンローがどういう人だったか。本当はどんな女性だったのか、その亡くなり方も相まって様々な本や映像が作られている。この映画は、その一つ。マリリンの主演映画の一つ、「王子と踊り子」の舞台裏を通して精神の不安定さに悩みながら一生懸命演技しようとするマリリンを陰で支える(ことになっている)若い貴族のお坊ちゃまのお話だ。

美しすぎるって、罪ね、と素直に思ってしまう。みんながマリリンに夢中で、マリリンの唯一の存在になりたがっている。ところが本当に唯一の存在、夫となったアーサー・ミラーは、マリリンと一緒にいると仕事にならないとか言って、撮影の途中でいなくなる。サイテーだ。でも偉大な作家でもあるから仕方ないか。自分の妻の臨終の時でさえもその様子を描いてしまうモネのように、すごい芸術家はどんな私的なことも芸術にしてしまうのかもしれない。ミラーの場合は文学だ。けれども普通の人は夫や妻が自分のことを冷静に観察して文章にしていたらショックなんじゃないかなあ。ましてや職業として文章を書く人だから、他人に見せることが大前提でしょう。

どこまでも、自分の味方でいてくれる存在が心の安定に欠かせない。客観的に批判的になることも大事だけどありのままで受け入れてくれる人がいるからこそ外に向ける自分を作れるものなんじゃないか。本来それは父母やきょうだい、夫や妻のはず。ところがマリリンにはそれがない。父は誰だかわからず、母は精神を病んでマリリンが幼少期に入院してしまう。リンカーンの写真を自分の父であることにしてその写真をベッドサイドに飾るなんて、悲しいことこの上ない。ほかの書籍では確かクラーク・ゲーブルが父だと話していたように思う。マリリンはどこまでもさまよっている。

あんなに美しくてチャーミングな人はいないのに、いつも不安で仕方がないなんて。でもそれだからこそ彼女に接すると手を差し伸べたくなる。女性でも男性でもまさに彼女の魅力の前にかなうものはいない。この映画はマリリンにあんまり似ていないのに、マリリンがどんなに魅力的な存在だったかを伝えてくれる。

主演兼監督のローレンス・オリヴィエがおっさんあるあるの言動でイラつかせてくれるが、映画なので最後にはマリリンの努力と苦しみを理解して終わってる。実際は違うと思うなあ。まあいいけど、映画だし。そもそも「王子と踊り子」のローレンス・オリヴィエって、王子っていうにはじいさん過ぎだったと思う。マリリンの愛らしさが際立ってよかったけどさ。

それから薬物依存について。この撮影時にもマリリンは不安感を何とかしようと大量の薬を飲んでいたらしい。薬で何とかなるものではないうえにたぶん薬のせいでますます体調を悪くしていたのだろう。ベンゾ系かな、などと思って薬のカラを見てしまった。

といわけで、久しぶりに大好きなマリリン・モンローの魅力をマリリンに似てない女優さんによって堪能した映画でした。☆5つ。

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