今朝の中国新聞天風録に永六輔さんの夫婦に関する語録が掲載されていた。曰く<二十代になると愛で夫婦>。以降努力で、我慢で、諦めで、と続いて、<六十代になると、お互い感謝で夫婦。やっと夫婦です>だそうだ。

これから判断すると、今うちの夫婦は、諦めの境地で夫婦だ。当たらずとも遠からず、かもしれない。諦めだけとは思わないけど。もう少し、お互いにいいなあ、と思う部分もある。少なくとも私の方は。

ところが、感謝でつながっているはずの六十代以上のご夫婦の中で「エアコンア外れ」になっている方が多いそうだ。自宅にエアコンがあっても、ご主人または息子さんだけがエアコンのある部屋にいて、奥様はエアコンなしの寝室で寝起きし、熱中症になってしまうケースが多くあるそうだ。

男性の方が一般的に暑がりでなので、こういう話は珍しくない。

今日の天風録では、後半で「できれば1人1台、携帯電話のように(エアコンを)使える手はないものか」とある。

そうかなー?

自宅で死ねて、いいんじゃないかなあ。まあ、死んでいった人々の実際の気持ちなんて全然わからないけどさ。これほど熱中症が取りざたされて、注意喚起されている中で、それでもエアコンを使わないで過ごしているなら、それはご本人の選択だと思う。本当に苦しかったら、夫や息子のいびきがうるさくても涼しい部屋に行くと思う。それができないなら、そこまでの寿命なんじゃないかなあ。

なんでもかんでも、正しいことにみんな従わないといけないっていうおせっかいが多すぎる。エアコンあるのに使わないんなら、本人の選択だ。ほっとけばいい。

亡くなった方は、案外せいせいしているかもしれない。むしろ、奥様に家のことを何もかも任せっきりで、熱中症になったことにも気づいてやれない夫の方が高齢になって一人取り残され、困り果てる姿が目に浮かぶ。ザマアミロ、と奥様はあの世で思っているかもしれないね。

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