著者 小川洋子

「飛行機で眠るのは難しい。そう思いませんか、お嬢さん?」

冒頭、隣の見知らぬ男からこのように話しかけられたところから始まる「飛行機で眠るのは難しい」。優しく静かな小川洋子の世界8編が収められた短編集。

小川洋子の物語に登場する人物たちは、どれも静かで慎み深い。大声で何かを主張するのではなく、対象が人であってもなくても「そっと耳を澄ます」。その人たちのいるところはどこでも掃除が行き届いていて、清潔だ。そんなところなのに、意味の通らない不条理な事柄が生じる。

理屈に合わないこと、納得できないことがあると、気持ち悪い。誰か別の人にとっては当然のことかもしれないが、自分に納得できないことは嫌だ。本を読んでいても、話の前後が理解できないと読むこと自体をやめてしまうことだってある。

小川洋子の世界では、そういうことがない。突然自宅のカレンダーの12日の日にちに大きく丸がしてあったり、弟の左手が上がったままだったりしても、そうなんだ、そして?と次の展開を静かに味わう。そして、そんな妙な事柄の説明も理由もないまま物語が終わったりする。それでもなにかいい時間を過ごしたかのような気持になる。

本を読むとき、どうしても自分の経験に引き付けて読んでしまう。小川洋子の作品には機能不全家族がよく出てくるような気がする。自分がそういう環境で育ったと思っているからかもしれない。母親の過干渉と父親の不在。よくあるパターンだからだろうか。

自分の印象に残ったのは、そういう機能不全家族の犠牲になった男の子の話「バックストローク」だが、どのお話も独特で小川洋子でしか味わえない不思議さがある。物語の最後に言いようのない不気味さを残すもの、登場人物の嘘が次々とわかるもの、清潔で静かな世界に突然現れるゴミやヘドロ。短いお話なのに感情を揺さぶられる。長編を読んでその世界の深みにはまってゆく気持ちよさもいいけれど、ほんの数分の感覚で次々に垣間見る小川ワールドも、テーマパークのライドに乗っているような楽しさだ。

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